特集:比企能員も登場!『鎌倉殿の13人』武将ゆかりの地「まちおこし」見聞録

2022年NHK大河ドラマ『鎌倉殿の13人』がついに放送開始!鎌倉幕府の立役者である武将たちゆかりの地はどのような盛り上がりを見せているのか。風来坊ライターだんばらが歴史の舞台を歩いた。

文・写真=檀原照和(ノンフィクションライター)

比企一族の墓がある鎌倉市の妙本寺にて 切り絵・写真=福島 肇

「降って湧いた」とは、このことである。2022年のNHK大河ドラマ『鎌倉殿の13人』(以下『鎌倉殿』)。主要キャスト13人のなかに、埼玉県比企郡由来の御家人・比企能員(ひき・よしかず)が登場するのだ。

 埼玉県は武将と縁の薄い土地だという印象がある。突然の大河決定や「比企氏」なる聞き慣れない一族の出現に戸惑いは覚えるものの、地域のためなら積極的に汗をかいていきたい。

 13人の武将ゆかりの地は、どこも大河にあやかって「おらが町を盛り上げよう」と気炎を揚げているに違いない。新春の放送開始を前に、物語の中心となる神奈川県の鎌倉市に出かけてみた。

武士道ではなく「弓馬の道」を究めんとする武者

 鎌倉の丘陵地帯。かつての古戦場や武士の墓である「やぐら」が点在するエリアにその男はいた。太刀を佩き、鎧に身を固めたヒゲ面のもののふ。名を鎌倉智士という。「大鎧」という平安後期から鎌倉時代にかけての甲冑をまとった姿で鎌倉のディープな旧跡をガイドしたり、奉納演舞を披露するほか、武者行列を率いるなど日夜鎌倉武士として活動している。

 大鎧はレプリカですら200万~300万円する高級品。しかし甲冑師が復刻したものは観賞目的で作られたものが多く、飾ることはできても着られない。そこで鎌倉さんは時代考証にこだわり、自ら甲冑作りに挑戦。教室を開くまでになったという本格派である。その腕前は甲冑師の団体が見学に訪れたり、山車人形の鎧製作を依頼されるほど。手がけた甲冑は70領(領=鎧を数える単位)にもなるという。

「大鎧」に身を固めガイドを務める鎌倉智士さん

 そんな「現代を生きる武士」である鎌倉さんは、『鎌倉殿』放映を前にして感慨深げだ。

「放映が決定してから1年間、月1で勉強会を主催してきました。なぜこの13人が選ばれたのか。そこを徹底して話し続けました」

「動くのもしんどいほど重い」と思われている鎧だが、この時代のものに限って言えば、十二単の半分以下の5~10キロ程度しかないという。戦法も刀による斬り合いではなく、弓や長巻による騎馬戦が中心。このように板東武者の世界は誤解が多いのだそうだ。

「単純にドラマが決まって万歳ではなく、誤った定説を正し、鎌倉時代の真の姿を伝えていきたいと意気込んでいます」。鎌倉さんは口元を引き締めた。

伊豆の国は春の芽吹きを待つ草木の心持ち

『鎌倉殿』の主役は第2代執権・北条義時である。義時ゆかりの地である静岡県伊豆の国市は、当然観光に力を入れているに違いない。

 伊豆箱根鉄道・韮山駅に着くと、大河の幟旗がはためいていた。第1回放送のパブリックビューイングが企画され、さらには伊豆箱根鉄道グループによる『鎌倉殿』のラッピング車両も走るという。しかしどこか煮え切らない。

 同市観光課大河ドラマ推進室長である植松明久さんは「コロナ禍にあって対外的な宣伝もはばかられ、放映までどう待てばいいのだろう、というところです。北条の墓を綺麗にしつつ時期を待っています。もちろん動き出している人たちもいます」と困惑顔だった。

 流刑中の源頼朝が幽閉されたのは同市の「蛭ヶ小島」というところだ。そこからほど近い韮山時代劇場の北側で、『鎌倉殿』の立派な看板と手入れの行き届いた花壇が目を引いた。地元の女性有志からなる「長岡花の会」の活動だという。確かに動き出している人たちがいた。春の芽吹きを待つ草木の心持ちというところだろうか。

歴史の空白を埋める契機になる?

 突然脚光を浴びた比企氏に当惑した、と書いた。他方、地道に比企氏を調べてきた人物もいる。

「比企一族の名前を広く知ってもらうこと。比企一族でまちおこしすること。会の目的からすると絶好のチャンスだと思っています」と語るのは、「比企一族歴史研究会」と「東松山市観光ガイドクラブ」の代表を務める西村裕さん。10年前、東松山市が運営する「きらめき市民大学」の講座で比企一族の存在を知った。

 東松山では古墳時代の研究が盛んだ。しかしそれ以外の歴史はあまり知られていない。特に鎌倉時代以降のことは空白になっている。だから鎌倉時代のことを調べ始めたのだという。

「宗悟寺や比丘尼山がある東松山の大岡地区は、比企郡のなかでもっとも比企氏と所縁が深いと思います。大岡市民活動センター内に『比企一族紹介コーナー』も設けました」と西村さん。

 事実、大岡地区ではあちこちに幟旗が立っており、幟をたどりさえすれば、比企氏ゆかりの地を歩けるようになっている。コロナの感染者数が落ち着いてからは、ガイドの依頼も増えているという。

 しかし車がないと観光に不向きな比企である。現状、ツアー参加者の多くは地元民ではないだろうか?

「確かに交通の便が良いとはいえませんが、市外のお客様も訪れ、大岡地区ののどかな風景も楽しまれたようです」(西村氏)

栄枯盛衰の渦に消えた一族に光を

「大河ドラマ『鎌倉殿の13人』比企市町村推進協議会」の事務所が置かれている滑川町総務政策課企画調整担当の久保島賢さんに行政側の動きを尋ねてみる。

「大河のお陰で歴史上初めて比企郡が一丸となって観光に取り組んでいます」と元気の良い言葉が返って来た。

 とはいえ、先述の大岡地区とは対照的に滑川は比企氏との縁が薄い。そこで頼朝が食べたであろう滑川産の谷津田米をアピール。併せて関東一多い200のため池を活用した伝統の「ため池稲作農法」の世界農業遺産・日本農業遺産認定を目指すことで、特別な里山感を押しだしていきたいという。

200のため池の一つ、伊古大沼。谷津田米は伝統のため池稲作農法で栽培される

 その久保島さんに「目玉がないならつくりませんか? たとえば比企能員コンテストをやってみたらどうでしょう」と提案してみた。

 久保島さんの顔が輝く。その光は一瞬で消えた。

「面白いアイデアですが……比企能員には肖像画がありません。歴史から抹消された一族なので、特徴がまったくわからないんです。ドラマでも人相風体や人柄にバラツキがあり、悪人にされたり、悲劇の人にされたり、イメージが絞り切れていないんです。審査の基準が作れないのでむずかしいでしょう」

 では『鎌倉殿』で比企能員を演じる佐藤二朗さんに協力を仰ぎ、能員を中心とした武者行列をやるというのはどうだろうか? 兵庫県の赤穂義士祭には過去に松平健、高橋英樹などが参加しているし、山梨県甲府市の信玄公祭りでは筧利夫、辰巳琢郎、渡辺裕之、陣内孝則らが参加している。決して突飛な発想ではないはずだ。あるいは、いまは東京に移ってしまったという比企一族の末裔に協力を要請するのも手だ。

 我らの比企に関心を持ってもらう千載一遇のチャンスが到来した。この好機を協議会や各市町村がどう活かすのか。固唾をのんで見守りたい。

執筆者プロフィール

檀原照和(だんばら・てるかず)

1970年東京生まれ、川越育ち。舞台活動を経て文筆業。カリブ海で地元に根付く民間信仰ヴードゥーの儀式に参加したり、東京湾で軍事要塞のサルベージ作業をするなどしながら取材記事を発表している。著書は『白い孤影 ヨコハマメリー』(ちくま文庫)ほか。日本文藝家協会会員。

https://note.com/yanvalou

檀原照和
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