蟹江杏アトリエ日記vol.10 親バカとリカちゃん人形

あんずの花里物語

思わず微笑んでしまうリリカルな画風で大人気の蟹江杏の世界観を、作品とエッセイでお届けします。

「絵」
 

私は一人っ子です。
大変甘やかされて育ちました。

父が花市場を営んでいたことで、
せりに買い付けにくる花屋さん達や
市場で働く社員にも随分可愛がってもらい
クリスマスやお誕生日には、
花市場の一人娘が喜びそうな
玩具やお人形のプレゼントを沢山頂きました。

その結果、私はその頃流行りのリカちゃん人形を何体も持っていました。
友達はみんなリカちゃんにお洋服を着せ替えたり
髪をとかしてあげたりして遊んでいるようでしたが、
私はどうも女子達が好むお人形やピンク色のお洋服よりも、
妖怪人間ベムとウルトラマンとキンケシが好きで、
それらを戦わせて一人で遊ぶのが常でした。

ある日、棚に並んだ同じ顔をしたリカちゃん達を見ておもいつきました。
「そうだ!彼女達を変身させて世界征服を狙う悪の怪獣にしよう、
それをベムがやっつけるんだ!」
そうと決めたらワクワクしてきました。

リカちゃん達と、妖怪人間やウルトラマンを沢山箱に詰めて、
花市場のせり場まで運びました。

午後のせり場は誰もいない工場のようにガランとしていて、
ダンボールとベルトコンベアーだらけ。
子どもには格好の遊び場です。

まずは、リカちゃんを変身させるべく、彼女達の服を剥ぎ取りました。
その後、自慢の髪の毛をハサミで丸刈りに。
丸刈りで裸ん坊のリカちゃんを
花用のベルトコンベアーに縦に綺麗に並べると、
スイッチオン!

ブオーンという音と共にベルトコンベアーはゆっくりと動きだしました。
『リカちゃん怪獣製造工場』のできあがりです。

ベルトコンベアーにスッポンポンのリカちゃん達が並ぶ光景を
今になってこうして想像すると、
我ながら危うさにゾッとしますが、
ここからが当時の私の腕の見せどころでした。
流れてくるリカちゃん達を、筆を片手に待ち構えて
絵の具ですばやくそれぞれに色をつけるわけです。

一体一体点描のように別の色を塗って変身させるので、
怪獣職人である私は大忙し。
ベルトコンベアーに乗ったリカちゃんが運ばれてきたら、
すばやく色を塗り分けます。

こうしてリカちゃんは色とりどりの怪獣に変身したのです。
あんなに可愛らしかったお人形の面影はすっかり消えて、
カラフルな迷彩色のようなカラダと顔は
いかにも地球征服を狙う宇宙人のように見えました。

その出来栄えに大変満足した私は、
大事にしていた妖怪家族と、ウルトラマンを取り出し、
早速リカちゃん怪獣と戦わせることにしました。

夕暮れまで戦いは続いたでしょうか。
肌寒くなってきた頃、戦場と化した花市場に
次の朝のせりのための花を積んだトラックが入ってきました。

それと共に父がやってきました。
絵の具で汚れたベルトコンベアーと
裸で丸刈りのリカちゃんと玩具があちらこちらに散乱している様子、
そして絵の具だらけの私。
それを見た父は流石に驚いた様子でした。

「あーあ、せっかくの人形、勿体無いな〜、あーあ」
叱られるかな、と思った矢先、
父は、床に落ちていたリカちゃんを手に取ると、
「これは面白い!!杏は上手だな〜。
何しろ色がイイ!!すごい怪獣だ!!これを絵にした方がいいぞ!」
目を爛々と輝かせて大喜びの大興奮。

褒められてうれしくなった私は、
リカちゃんを怪獣にするための苦労話や、
ここに到達するまでに相当の高い技術が必要であった事を説明しました。

すると父は嬉しそうにウンウンと私の話を聞いて、
我が娘の天才ぶりに満足そうにしています。
親バカとアホなワガママお嬢は
手を取り合って作品の完成を喜びあったわけです。

その後、せっかく皆さんから頂いたお人形達は
アート怪獣として父の部屋にしばらく飾られていました。

私はと言えば、時間が経ってリカちゃん怪獣をじっくり眺めると、
なんだかちっともカッコよく見えず、
前のままの方が可愛くてよかったなと思うようになり、
喜んで並べているのは父のみとなりました。

そして忘れた頃、母が何かの折に
「ちょっと、パパ、これ汚いから捨てるよ!」と、
処分したのでした。

思い返せば父は死ぬまで、私を天才だと信じ続けた唯一の人でした。
親バカもここまでくると、呆れるを通り越して、素直に感謝です。

とはいえ・・・リカちゃん、ちょっと可哀想だったなあ。
ごめんなさーい。

「絵」

タイトル:「絵」
サイズ:140×130mm
シート価格(税込):23,000円
額装価格(税込):29,000円

※別途、送料がかかります。
販売数量: 5枚限定
お届けの目安:約3カ月



蟹江杏コレクション

執筆者プロフィール

蟹江 杏(かにえ・あんず)

画家。東京生まれ、埼玉県飯能市の「自由の森学園」を卒業。「NPO法人3.11こども文庫」理事長。ロンドンにて版画を学ぶ。美術館や全国の有名百貨店など、国内外で多数の展覧会を開催。新宿区・練馬区・日野市をはじめ各地の都市型アートイベントにおいて、こどもアートプログラムのプロデュースを手掛ける。東日本大震災以降は、「NPO法人3.11こども文庫」理事長として、被災地の子ども達に絵本や画材を届けたり、福島県相馬市に絵本専門の文庫「にじ文庫」を設立するなどの活動を行う。また、2020年から「SDGs JAPAN」と連携し、アートやアーティストがどのようにSDGsに貢献できるかを、様々な分野のアーティストとともに模索、牽引していく。

https://www.atelieranz.jp

蟹江 杏
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